◎医師が患者さんから謝礼金を受け取る事に潜むリスク
医師として働いていると、入院して担当した患者等さんから「お世話になりました」と謝礼金(心づけ、袖の下)を渡されることもあるかと思います。
こうした患者さんからの「謝礼金」の取り扱いって医師の皆様はどうされていますか?
医師も色々ですから「喜んで受け取る」という方もいるでしょうし、「絶対に受け取らない」という方もいるでしょう。
(*個人的には申し出があっても受け取らないことにしています。理由は後述しますが、仮に受け取ると色々と面倒なので…)
しかし、医師が患者さんから「治療費以外に謝礼金を受け取ること」って法的な問題等はないのでしょうか?
当ブログ記事ではこの辺りを卒後10年目超の現役医師が簡単に解説していきます。
「患者さんから謝礼金を渡されたけどもらって良いのかな…?」等とお悩みの方は参考にしてください!
(*当記事の内容は正確を期すよう努めてはおりますが、法律の専門家ではないので100%の正確さや確実性を保証するものではないことをあらかじめご了承願います)
◎公務員医師が謝礼金を受け取るのは問答無用でダメ!
まず、国公立病院等に勤務している「公務員医師」が患者さんから正当な治療費以外の金品(謝礼金や商品券等)を受け取ると収賄罪に問われる可能性があります。
要するに、「公務員医師は患者さんからわいろを受け取ってはダメ(違法)」ということですね。
<参考:刑法第197条(一部抜粋)>
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。
これは倫理やマナーのレベルではなく法に触れる部分ですので、医師の考え方云々の問題ではありません。
では、私立病院勤務等の「公務員でない医師なら問題はないのか?」ということについて考えてみます。
◎公務員医師でなくても「病院の内規違反」の場合あり
公務員医師の場合は謝礼金の受け取りは法律でダメ。
では私立病院勤務の医師(非公務員医師)の場合はどうかと言うと、その病院の内規を確認しましょう。
これは病院毎に異なるでしょうが、一昔前に比べると全体的に「患者さんからの謝礼金等は受け取らない」方向にシフトしていると思います。
「当院では患者さんから職員への金品等の謝礼はお断り致します」のような掲示をしてある病院も増えましたよね。
病院によっては謝礼金を受け取ってしまった場合の処分(減給、解雇等)が明記されている可能性もあるので、不安な方は一度確認してみてください。
◎医師が謝礼金を受け取った後の落とし穴
患者さんからの謝礼金の受け取りに関して、ここまでの内容をまとめると次のようになります。
公務員医師の場合は基本的に不可
非公務員医師の場合でも内規違反となる可能性あり
では、「非公務員」で「病院の内規に違反しない」場合は何の問題もないのでしょうか?
実はここには落とし穴があります。
具体的に言うと、上の条件をクリア(?)している医師でも「謝礼金を所得として申告」しなければ脱税となる可能性がある、というものです。
脱税も言うまでもなく犯罪です。
◎謝礼金を確定申告してる医師っているんだろうか?
「非公務員医師」でも受け取った謝礼金を所得として申告しなければ脱税にあたる可能性があります。
<参考:所得税法第238条(一部抜粋、要約)>
偽りその他不正の行為により税を免れ又は税の還付を受けた者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
しかし、患者さんからお金を受け取って正直に確定申告等してる医師って…見聞きしたことありますか?僕はありません。
多分、謝礼金を受け取る医師にもある種の後ろめたさくらいはあるのでしょうけど、「違法となる場合がある」とまでは認識していないものと思われます。
周りの医師も同じようにしているから「皆でやれば怖くない」って感じかもしれません。
しかし、「周りがやっているから自分もやった」という子供じみた言い訳が税務署等に通用するとは個人的には全く思えません。
◎医師が謝礼金を受け取る事の法律や規則以外の問題点
ここまでは医師が患者さんから謝礼金を受け取ることに関して主に法律や規則上の問題点を挙げてきましたが、それ以外の面にも注目してみます。
◎後々トラブルになった時に面倒が増える
患者さんから謝礼金を受け取った後、もし治療上の何らかのトラブルが生じた場合に面倒な事態になる可能性があります。
「あの時、医者に金を渡したのに!」という感じですね。
患者さん本人が言い出さなくても、周りの家族が言い出す可能性は十分にあります。
「急に現れたよく知らない家族が病院に文句を言う」という構図は、謝礼金以外の場面で割とありふれたものではないでしょうか。
◎脱税のリスクを抱えて生活するのは割に合わない
謝礼金を適切に申告しなければ脱税となる可能性があることは上に書いた通りです。
ただ、「謝礼金の未申告で医師が逮捕された」等のニュースは聞いたことないですよね。
まあ、患者さんからお金をもらっても黙っていればばれる可能性は極めて低いでしょうから(おそらく立証も難しい)。
しかし、もしばれた時の代償は大きいことが予想されます。悪質な場合は医師免許にも影響があるかもしれません。
「そんなことになるわけない」と思われるかもしれませんが、謝礼金程度のお金でそんな危ない(かもしれない)橋を渡るのは自分的にはリスクに見合いません。
また、日頃「チーム医療」を謳っておきながら「謝礼金を医師だけが受け取る」という構図もどうなんだ?という感じもしますね。
◎結論:自衛のために謝礼金は受け取らないのが無難
ここまでの結論としては「医師は患者さんから謝礼金の申し出があっても断るのが無難」という感じです。
冒頭にも書きましたが、僕自身はそのようにしています。
患者さんからの謝礼(袖の下)への対応は色々だろうけど、個人的には主に自衛のため受け取らない。後々もしトラブった時に「お金を渡したのに」ってなり得るのが嫌。患者さん本人が信頼できても実は面倒な家族が…って状況は稀ではないし。
確定申告せず脱税のリスクを抱えるのもね…割に合わんでしょ。— パパ勤務医はぴえすた@退局5年目 (@ishitenshoku777) 2018年9月20日
(*余談ですが、謝礼金に対する僕のスタンスは研修中の指導医のスタンスの影響も大きいです。指導医からの一種の刷り込みかもしれません)
また、ツイートにも書いたように、謝礼金を受け取らないのはあくまでも「医師自身の自衛のため」というのが理由の9割です。
じゃあ残りの1割はと言うと、ちょっと綺麗事になりますが「患者さんのため」という面もあるので、それについても少々書いてみます。
◎患者さんの金銭的な負担が増える
医師に謝礼金を渡すことは言うまでもなく患者さんの金銭的な負担となります。
入院や手術が終わっても外来治療等が続いていくことがほとんどでしょうし、退院後も何かとお金はかかるものです。
金銭的な負担と言っても、高給取りの医師にとっては「たかが数万円」と思うかもしれません。
しかし、平均年収等を鑑みるに、患者さんの多くは医師よりかなり低い年収で働いていたり、年金生活者だったりすることは忘れてはならないと思います。
もし「うちの病院は給料が安くて謝礼金をもらわないとやってられない」という感じだとしても、勤務先の給与等に不満があるなら雇い主に待遇改善を要求するのが筋です。
それができない(あるいはしない)からと言って、立場の弱い患者さんにつけ込むようなことは倫理にもとる行為ではないでしょうか。
◎患者さんの心理的な負担が増える
一昔前に比べると減ってはいるでしょうが、医師への謝礼金が文化や風習のように残っている病院もあるかと思います。
実際に、「入院 謝礼金」等とネットで検索すると患者さんが「謝礼金は渡すべきか」「相場はどのくらいか」等と右往左往している様子が未だに見られます。
入院や手術等を控えて色々な不安を抱えている患者さんに「医師へのお礼をどうするべきか」なんて本来無用な負担を増やすのはどうなんだ?と思います。
また、こういう文化を患者さん側から無くしていくのは難しいでしょう。
「お金を渡さないと良い治療が受けられないのでは」とか「医師の機嫌を損ねるのでは」とか考えてしまうでしょうからね。
(実際、お金を渡そうが渡すまいが治療内容に差はないはずですが)
医師の側が率先して「そんなのいらねえ!」と明示していかないと、こうした文化はいつまでも廃れないと思います。
◎患者さんからの謝礼金を断るのは失礼に当たる?
医師のアンケート調査等を見ると、「患者さんからの謝礼金を受け取らないのは患者さんの善意を無下にする行為で失礼(だから受け取る)」という意見も見られます。
確かに患者さんの中にも「純粋な感謝の気持ち」で医師に謝礼金を渡そうとされる方もおられるでしょう。
特に、高齢の患者さんには年代的に「医師に謝礼金を渡すのは当たり前」というような考えの方も少なくない気がします。
しかし、現在医師にお金を差し出してくる患者さんが全て「純粋な感謝の気持ちから」行っているかと言えば疑問です。
上にも書いたように、患者さんからすると「医師にお金を渡さないと不利益があるのでは」と疑心暗鬼になっていたりして、単に「空気を読んで」いるだけかもしれません。
つまり、「患者さんがお金を渡してくる=感謝の気持ち」というのは医師に都合の良い解釈ではないか、ということですね。
実際は「自発的な感謝」ではなく「半強制的」かもしれないのに「患者さんの善意を尊重して(仕方なく)受け取る」みたいなスタンスは個人的には好きではありません。
「お金が欲しいから受け取るんだ」と言い切る方がまだマシというものです。
◎患者さんからの謝礼金を上手に断る方法(一例)
ここまで「医師は患者さんから謝礼金を受け取るべきではない」と書いてきましたが、中には断っても半ば強引にこちらにお金を渡そうとしてくる方もおられるかもしれません。
個人的な経験では「有難いお話ですが受け取れません」と明確に示せばほとんどの方はそれ以上は押してきません。
それでもプッシュしてくる方も「お金を受け取ると規則でクビになってしまうので…」等と方便も交えて説明すると大体は諦めてくれます。
ポイントは「お金を受け取ると医師自身に不利益がある」ことを強調することです。
患者さんの目的が「医師に感謝を伝えること」であるなら、医師の立場が悪くなるようなことをわざわざ行うことはおかしな話ですからね。
ただ、それでも強引にこちらのポケット等に突っ込んできて去った場合には…走って追いかけましょう。
「そこまでするか」と感じるかもしれませんが、医師の側に「受け取ると(前述したように)自分の身が危うい(かも)」という思いがあればそうせざるを得ません。
「患者さんが強引で仕方なく~」みたいな言い訳はリスクに対する危機感が乏しいと僕は思います。
まあ、最後のはあまり「上手な断り方」ではないかもですが…各自で色々工夫してみてください。
◎医師に謝礼金を渡す以外に感謝を伝える方法
「医師自身の自衛のためには患者さんからの謝礼金は受け取らないのが無難」とは思うものの、患者さんに「だめです」と余りにばっさり切り捨てるのも酷かもしれません。
僕の場合は申し出を断った際に患者さんが「でも…」と諦めきれない様子であれば「お金は受け取れませんが手紙なら」とお伝えすることもあります。
または「個人の医師宛」ではなく「病院への寄付」という手段もあることを言って納得される方もおられます。
この辺りも人によってはスマートに誘導できるのでしょう。先生方の腕の見せ所だと思います。
◎おわりに
医師が患者さんから謝礼金を受け取る事の問題点等をまとめてみました。
特に若手の医師の方は初めて患者さんから謝礼金を差し出されると困ってしまうかもしれません。
別にこのページで書いた内容や対応が唯一の正解と言うわけではないですが、現役医師の一意見として参考になれば幸いです!